1995年。
なんというか中途半端な映画でした。
こういうのお客に受けるよねみたいな要素を雑にくっつけたような印象です。
スパイダーマン3がたしかこんな失敗をしていました。
お客受けのいい要素を詰め込みまくった結果どれも中途半端でこの映画は何がしたかったんだろう?と思ってしまうのです。
今作もおしゃべりゴリラ、ゴリラとの親子愛、宝探し要素(ブルーダイヤ)、火山(噴火もあるよ)、アドベンチャー、ジャングル探検隊、猛獣に襲われ大パニック、最先端テクノロジーを結集したすごいビーム銃、脱出劇いろいろ詰め込んでます。
色々詰め込んでいるためか一つ一つに時間を食い、メインフィールドのジャングル地帯にやってくるまで40分も尺を使ってしまいます(ここでしゃべるゴリラとか大企業のおっさんがブルーダイヤを求めるとか、いろいろ準備したり、主人公御一行様ができあがります)。ここで脱落する人も中にはいるんじゃないかと思っちゃいました。
終盤で主人公たちが白ゴリラの大群に襲われるシーンがあります。主人公とゴリラは愛し合っているんですが(ゴリラは主人公のことをママだと思ってる)そのゴリラ(エイミー)がその白ゴリラの大群を威嚇するシーンがあります。
ゴリラはお前達悪いやつ、ママに近づくなと言います。あ、いい忘れてましたが超科学技術によりゴリラはしゃべれます。
白ゴリラは動揺し、撤退しそうな素振りを見せます。
ここでヒロイン的な人がいきなりめちゃくちゃ殺傷力のある最先端技術のレーザー兵器で複数の白ゴリラをひとなぎで切断して火山噴火から急いで脱出みたいな流れになるんですが、脚本の都合を感じました。あ、ここでヒロイン活躍させようとか、脱出はアドベンチャーの定番だし外せないよね!のようなものです。一言で言えばご都合主義。
味方ゴリラの不思議な力で白ゴリラをおっぱらたとしてもご都合主義なので緊迫感が全然ありません。白ゴリラによってモブの味方が殺されますが、主人公パーティーは最先端テクノロジー(なんでもあり)を有していますのでそんなモブ一人殺されようが緊迫感のきの字もないです。
その最先端技術が一つや2つじゃないのでご都合主義を感じたらこの映画は負けのように思います。
ラストは衝撃でもなんでも無い検討がつくラスト。
ゴリラとのやりとりにもご都合主義要素の最先端テクノロジーが絡んでいるためそれが邪魔で(せめてここで癒やされたかった)、ここでもケチがついて全てにおいてやっぱり中途半端という印象。
この期待はずれ感の正体を考えてみたところその正体はこの映画に対する期待感にほかならないと思いました。
最初から期待しない映画(→B級映画)と覚悟してハードルを上げなければこんなに中途半端だなんだのとケチを付けずにB級映画楽しいねで終わった気がします。
しかし私はなぜかジュラシックパークのような大作レベルの期待をしていた感があります。自分でもよくわかりません。最初のブルーダイヤを新兵器に・・・といういかにもなB級な目的があったのにも関わらずそこをスルーしたのか自分でもわかりません。
なのでアカデミー賞ノミネート作品鑑賞に臨むような無駄に高いハードルが無意識に設定されてしまったように思いましたが、実際この作品はラジー賞ノミネートでした。